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札幌高等裁判所 昭和43年(ラ)64号 決定 1968年12月19日

抗告人 大屋省一(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  本件抗告の理由の要旨は次のとおりである。

(一)  原審判は抗告人と日南時子との間に肉体関係があつたと認定しているが、両者間にそのような関係はない。抗告人と日南時子との交際が抗告人と原審判申立人らの母棚橋友子との婚姻関係を破綻に導いた直接原因であることは抗告人もこれを認める。しかし右交際は或る目的に基づいたものであり、このことは棚橋友子にも話してあつた。しかるに友子は極端に右交際を誤解し、抗告人と日南時子との間に肉体関係があるものと空想し、異常なまでの嫉妬心をもやして事毎に抗告人に当たり散らし、あてつけがましい態度に出たものである。原審判は右の経緯を調査せず棚橋友子の一方的主張にのみ基づいて事実を誤認した違法がある。

(二)  また棚橋友子は昭和四三年一月九日家出をしたが、その際同人は抗告人が年末に渡した相当多額な金員を持ち、かつ間借人からは三ヶ月分の前家賃を取り立て受領しながら家には一銭も置かず、三人の子供を置き去りにして行方をくらました。そのため抗告人はその日から窮状に陥り、生活費と毎月の月賦払金、長女浩子の盲腸炎手術等、二女正子の小児リユウマチの治療費、子供らの進学費などの支出に充てるため十数万円の借財を余儀なくされ、抗告人は現在もその返済に苦慮している実情にある。原審判は右事実を無視し抗告人の表面的収入のみをもつて扶養料を算出した違法がある。

(三)  更に棚橋友子は前同年五月三一日抗告人に対し養育費は請求しないから長男友明と二女正子を引き取らせて欲しいと懇請して来た。抗告人は友子が家出をした当時の状態、その後抗告人が子供ら三名を養育した労苦を考え絶対に引き渡すべきではないと考えたが、友子の身内の者からも強い要望があつたので、養育費を絶対に請求しないことを条件として長男友明と二女正子を友子に引き渡した。友子はその際右両名の養育費を請求しない旨の念書を抗告人に差し入れた。原審判は右事実に対する判断を遺脱した違法がある。

(四)  抗告人は原審判申立人である長男友明と二女正子の生活状態については、抗告人と同居させている場合以上に養育の点に留意しており、今後もそうすべきであると自戒している。しかしながら一旦原審判が確定すると抗告人において如何なる事情の変化が生じても最早その事情は考慮される余地がなくなり棚橋友子の思うがままに抗告人の生活は圧迫されることになり、これでは友子の一方的利益にのみ追随した審判とならざるを得ない。

以上の事情を斟酌のうえ原審判を取り消すべきことを求める。

二  これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

(一)  抗告人はまず原審判が抗告人と日南時子との肉体関係を一方的に認定したと非難する。しかしながら原審が抗告人および棚橋友子を審問しかつ家庭裁判所調査官による調査結果等の資料に基づいてなした認定の内容はまことに正当であつて当裁判所も右認定を維持するものである。のみならず抗告人・棚橋友子間の長男友明と二女正子が抗告人に対して提起した本件扶養料請求の審判に当たつては、右認定のごとき事実関係は抗告人と棚橋友子とが離婚し友明と正子が棚橋友子に引き取られるに至つた縁由ないし背景的事実として意味を持つにすぎず抗告人の争う事実の存否は本件審判の結論に何ら影響を及ぼすものではない。よつて抗告人の主張は理由がない。

(二)  本件記録によれば棚橋友子が昭和四三年一月九日家出をした際同人は預金高約三〇万円の預金通帳と同人の衣類等を持つて出たことおよびその後家に残された長女浩子(中学三年生)が盲腸炎手術のため入院し、同じく長男友明(中学一年生)は喘息、二女正子(小学五年生)は小児リユウマチの持病があることなどのため、それぞれに相当額の治療費および生活費ならびに学費を要したであろうことが認められる。しかしながら抗告人の主張するように友子が家出に当つて相当多額の現金を持ち出し、抗告人が右事情のため十数万円の借財を余儀なくされ、かつその返済に現在なお苦慮しているとの事実は右認定事実から推認することはできず、また他に右主張事実を認めさせるに足る資料は全くない。

(三)  棚橋友子が前同年六月七日頃長男友明と二女正子を引き取るに当つて抗告人に対し養育費を請求しない旨の念書を差し入れた事実は本件記録により認めることができる。しかしながら仮に棚橋友子が右念書を差し入れることによつて、友明と正子の親権者として右両名を代理し、抗告人に対して生ずる将来の扶養請求権を放棄したものであれば、およそ扶義料請求権はあらかじめ処分することのできないものである(民法八八一条)から、その効力がないことは明らかである。また仮に棚橋友子が長男友明と二女正子の扶養義務者として、他の扶養義務者たる抗告人との間で友子が負担する養育費を抗告人に求償しないことを定めたにすぎないものであれば、右協議は両扶養義務者間でいわば債権的な効力を持つにすぎないから、被扶養権利者たる友明と正子とがその具体的必要に基づいて抗告人に対し扶養料の請求をすることは何ら妨げられないはずである。従つて右念書が友明および正子の抗告人に対する本件扶養料請求に当つて何らかの意味を持ちうるとすれば、右念書は棚橋友子が友明と正子とを引き取つた時点において、友明と正子の親権者たる友子が両名の代理人として、その当時の状況のもとでは右両名に抗告人に対する扶養請求権が具体的に発生していないことを確認し或いは具体的に発生した扶養請求権を差し当り行使しない意思を表示したものと解するほかはない。

しかしながら本件記録によると、右念書を差し入れた当時棚橋友子は毎日朝九時から一二時までは日通で貨車おろしの仕事をし(日給三九〇円)、夜は飲み屋で女給として働き(日給一、〇〇〇円)生計を立てていたものであるが、その後過労がたたつて身体をこわし職を失ない、抗告人が従来どおり月額平均七万円の収入を得て長女浩子一人を養育しているのに比べ、友子の友明と正子に対する養育の程度・内容には重大な変化を生じたこと(その後同年九月二日友子は社会福祉事務所の紹介で大竹食品に就職し日給五五〇円を得るようになつた)が認められるのであつて、仮に右念書が前記の趣旨で差し入れられたとしてもその効力は右事情の変化ならびに前記法律の規定の趣旨に鑑みると最早全く失われ、抗告人は右念書差入れの事実をもつて何ら本件扶養料請求を争う余地はないものと解するのが相当である。以上いずれにしても抗告人の主張は採用の限りでない。

(四)  抗告人は扶養の審判が確定したのちに事情の変更があつた場合でも右確定審判の効力が維持されることを前提として原審判の不当を主張するが、右のごとき確定審判を変更すべき事情を生じたときは家庭裁判所に対し右審判の取消しを求めることができるものである(民法八七七条三項、家事審判法九条一項乙類八号)から、抗告人の主張は前提を欠き理由がない。

三  本件記録に顕れたすべての資料によれば原審判が抗告人に対し友明と正子のため支払を命じた扶養料の金額も相当と認められる。

そのほか本件記録を精査しても原審判を取り消すべき事由は見出せない(なお抗告人の提出した抗告理由書には原審判が家事審判法二四条の規定によつてなされたものと解した記載があるが、その誤りであることは本件記録上明らかである。)。

四  以上のとおりであるから本件抗告は理由がないのでこれを棄却することとし主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 原田一隆 裁判官 辻三雄 裁判官 三宅弘人)

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